TCR再構成と証明と研究不正。STAP細胞

TCR再構成と証明と研究不正。STAP細胞と証明不足

TCR再構成がSTAP幹細胞に観られなかった点については、研究不正やSTAP現象・実験の非存在までは言えないけれど、STAP細胞がリプログラミングされた体細胞由来ではなく天然に存在する多能性ある細胞由来だという可能性を棄却できていないとは言えると思いました。一部の専門家の方々が主張される実験自体が架空だった説を言うためには、若山博士の手元にも移動している実物試料の架空性を指摘しなければなりません。(その前に、アカデミアのみなさんが懸命に止めようとしていた笹井博士達が提案していた予断の無い再現検証である段階のことまでは確認できるかもしれません。)


STAP細胞は、いつどこから採ってきた体細胞でできているのか?

生後一週間以内という制約がつく意味を考えてみました。出生直前から造血系の細胞は、肝臓から脾臓・骨髄へ移動します。様々なバリエーションの細胞が脾臓には存在していたと思われます。

マウスの造血幹細胞と脾臓。胎仔から成体へ
図1:マウスの造血幹細胞、胎仔から成体へ


参照させていただきました:造血発生制御メカニズムの今日的理解」横田明日美,奥田司(2010)
血球発生と血管分化のCrossroa」山元康敏,奥田司(2010)

血液にはどんな種類があるの?

血液細胞の種類は多様で、モデルも様々な存在するようです。「成体段階のほとんどを通じて行われている定常状態の造血を主に駆動するのは、古典的に定義されている造血幹細胞ではなく、多数の長命の前駆細胞であることが明らかになった。」細胞: 長命の前駆細胞が血液細胞を生み出す」Nature 514, 7522,2014年10月16日(doi: 10.1038/nature13824)
造血幹細胞の酸化ストレス耐性と酸性環境内でのコロニー形成能維持に関係する遺伝子Bmi1は、癌抑制にも関係しているようです。

血液の種類。造血幹細胞と遺伝子Bmi-1
図2:血液の種類と造血幹細胞と遺伝子Bmi-1


参考にさせていただきました:造血幹細胞のエピジェネティクスとその制御法の創出」岩間厚志他(2012)
クローナルな解析により明らかにされた造血系の新しい分化経路」山本 玲・中内啓光他Cell. 2013 Aug 29;154(5):1112-26. doi: 10.1016/j.cell.2013.08.007.
造血システムにおけるエンドムチン分子の解析」松原梓(2007)

TCR再構成

TCR再構成ってなあに?

体内に進入する異物を認識するため様々なものに反応できるようT細胞のTCR受容体部分の種類を増やす際に観られる遺伝子の変化のようです。

TCR再構成とT細胞のリプログラミング
図3:TCR再構成とT細胞のリプログラミング

出生後の胸腺とT細胞-自己免疫と制御性T細胞

T細胞がTCR再構成で多様になると自分自身を攻撃してしまうものも産まれてしまいます。脾臓内部でそのようなT細胞はアポトーシスしますが、生き残りは胸腺で生じる制御性T細胞で抑制されるようです。
免疫系における恒常性の維持と制御性T細胞」濱口真英・坂口志文 領域融合レビュー, 2, e005 (2013) DOI: 10.7875/leading.author.2.e005

腸管内でリプログラミングするT細胞

自然な状態の腸管内部で腸内細菌の影響と思われる原因によってT細胞はリプログラミングをみせるようです。体細胞が酸でリプログラミングなんて本当にするの?と強く疑問に思っていましたが、自然な状態でもあるのならば、なにかの拍子で発生しても摩訶不思議ではないようです。
ヘルパーT細胞がキラー様T細胞へ変化」谷内一郎他(2013)Nature Immunology,2013. doi: 10.1038/ni.2523

TCR再構成はSTAP幹細胞には観られなかった、の意味

STAP細胞の候補になったのはT細胞だけではなく色々な細胞が入ったCD45+細胞なので、STAP幹細胞にT細胞のTCR再構成がみられなかったとしても、それだけでSTAP細胞は非存在とは言えません。他の種類の細胞かもしれません。しかし天然に存在した多能性ある細胞が原因である可能性は否定できていないとは言えます。

体細胞だった証明の1つとなりえる、TCR再構成

TCR再構成がある細胞がキメラマウスを造った=体細胞に一度分化した証明となるので、それが多能性獲得後の細胞に観られればリプログラミングした証明として使える手段の1つになるようです。
STAP細胞論文のデータではSTAP細胞には観られましたが、STAP幹細胞には観られませんでした(Extended Data Figure2,ARTICLE doi:10.1038/nature12968)。丹羽博士が書いたプロトコールであらためて明確にその点を注意書きされると、STAP細胞は実在しないと大騒ぎになりました。丹羽博士は確率的に観察されないのは想定内だったようでデータが弱いと述べられました。笹井博士は論旨の中では傍証に位置するとされました。

キメラマウスは最上の証拠

論文のデータと得られた試料が本物という前提をとるとすれば、
若山博士が製造されたキメラマウスがあるので、「多能性がある細胞が存在した」と言えます。

多能性がある細胞とは何か?

体細胞がリプログラミングされて多能性を獲得したか、体内にある天然の多能性を持った細胞(ガン細胞やテラトーマの組織も入る)が生き残ったのか、どちらかです(論文のデータと得られた試料が本物という前提をとるとすれば) 。

CD45+細胞のうち、どれがSTAP細胞になったのか?

若山博士は下記のように細胞塊をまとめて入れました。どの細胞がキメラマウスをつくったのかは未知です。
T細胞は出生直前~出生後数日間の免疫を獲得していく過程の中で上記の図の様にめまぐるしい変貌を遂げていますが、生後1週間以内のマウスのT細胞のうち、TCR再構成を得てかつアポトーシスに導かれていないものの割合は調べてもわかりませんでした。
その時期のT細胞が脾臓や胸腺内部のチェック機能から離れた試験管内の環境でどれくらい生きられるのかもわかりませんでした(免疫系の細胞はお互いの刺激や組織から受ける刺激が無いと死ぬものもある)。ただ、上記の図の様な生後一週間以内-免疫系発達途中-という条件を考えると、TCR再構成を持つ細胞が生き残る確率は算数的な確率にはならないと思われます。

キメラマウスを作るには、マウスの胚に候補の細胞を注入して育てる。ES細胞などでは、細胞の塊を酵素処理し、ばらばらにして使うのが普通だが、その手法ではSTAP細胞はさっぱり胎児にならない。失敗続きだった。
共同研究を始めて1年半たったころ、手法を変えた。細胞の大きな塊を単細胞にばらさず、20~30個程度の小さな塊にして注入する方法だ。刃渡り 1ミリの極小メスを顕微鏡で見ながら操作して切り分ける。細胞工学初期の60年代の技術だが、切り分けるのも注入も難しい。僕はその技を身につけていたか らできた。
(発見 STAP細胞)万能細胞、三様の役割 ES・iPSと比較」,2014年2月6日,朝日新聞デジタル

証明方法と論文不正

証明方法が弱いのは研究不正とは別ですが、マスコミを通じて研究不正と同一視される様なアナウンスメントが一部の専門家達によってなされたと思います。しかしTCR再構成は、論文本文では「少なくともT細胞からいくらかの寄与を示している」と表現されているようにそもそも強くない部分です。

In addition, genomic rearrangements of Tcrb (T-cell receptor gene) were observed in Oct4-GFP+cells derived from FACS-purified CD45+ cells and CD90+ CD45+ T cells (Fig. 1i, lanes 4, 5, and Extended Data Fig. 2e–g ), indicating at least some contribution from lineage-committed T cells.
(意訳:補足すると、蛍光抗体法で純化されたCD45+細胞とCD90+CD45+ T細胞(Fig.1iレーン4,5と拡張データFig.2e-g)由来のOct4-GFP+細胞にてTCRB(T細胞受容体遺伝子)のゲノム再編成が観察され、
少なくとも系列に関係付けられた(lineage-committed)T細胞からの、 いくらかの寄与の兆候を示している。) doi:10.1038/nature12968

TCR再構成がSTAP幹細胞にみられなかった際に天然に存在する多能性のある細胞由来の可能性は考えなくてはならなかったかもしれませんが、もしそうであったとしても科学の発展のためならこの奇妙な現象を報告する意義の方があるとも同時に言えます。検証のすえ、天然のものだったと証明され論文が間違いだったとされれば、それで有意義だと思います。

不正までその際に疑うべきだったとなるロジックがわかりません。不正は画像の不正ですから、それら基礎的なミスに気がつくかどうかを共著者に問うのは酷です。
特定法人指定の華添えにされたとは感じますが、研究費を獲るため無理に通したという主張も仮説の1つで未知です。

STAP論文の証明の問題が世間のうわさ話レベルの流布に堕ちたのは倫理的にもメンタル管理面からも、苛烈に攻撃的で危険だったと思います。批判的な識者達は絶対に自分が正しいという姿勢でしたが、それは議論を経て判明するものだと思います。
その分野への理解が無い、元々論文すら読んでいない世間のお茶の間で、証明の弱さででっち上げとわかりましたと荒っぽい説明をする有識者やコメンテーター、文化人の方々の言動は、論文の真の著者故笹井博士への激烈なパワーハラスメント-特に改革委の決定と7月27日のNHKスペシャルでは-に感じられました。
TCR再構成はお経の一小節のようにあちこちからきこえてきました。しかし質問をしても誰もその意味を知りませんでした。いじめでは、攻撃して良いとみなされたものへの攻撃は、相手が死ぬまでエスカレートする場合があります。

TCR再構成、STAP細胞
図4:TCR再構成についての記述部分

テラトーマという証拠

テラトーマの写真は一部筆頭著者自身が昔書いた論文の写真を貼ってしまったミスがあり捏造に当たると理研に判定されて話題となりましたが、その部分以外にもテラトーマの写真は存在しているのでそれを多能性の証拠とできるかどうかですが、そもそもテラトーマ形成能がある129系統のマウスを使用しているので、それで多能性がある・無いが言えるのかどうかは?です。また、キメラマウスというより確実な多能性の証明があるので、テラトーマは添え物的位置で、わざわざ捏造までする意味があったのかどうかすら意味不明です。

テラトーマ(STAP細胞)
図5:テラトーマ写真

画像の不適切な処理は論文不正?

ついでに電気泳動写真の件の疑問点も。ちゃんとした-意味不明な加工をしていない-電気泳動の画像が別に貼ってある点からも考えると、筆頭著者は電気泳動の元の位置からバーが移動する距離は絶対値だと誤解していたようで、工学博士で生物学の方ではないのだと感じられました。

電気泳動、STAP細胞
図6:2枚の電気泳動の謎